さっちの雑記帳

今のところは現代ギリシア語に関する記事を上げると思います。

地球の大気「何って……月まで届いてるだけだが?」

 

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さっち(@MC_such)のギリシア語翻訳チャレンジ二本目です。今回はギリシア語版euronewsさんの Η ατμόσφαιρα της Γης φθάνει πέρα από το φεγγάρι という記事の翻訳に挑戦します(わからなかったところは訳注に書いてありますので、もし何かご存知でしたら教えていただけると幸いです)。

では、以下訳文です。

訳文

科学的な推定によると、地球の大気の外部は月の遥か向こう、地球-月間のおよそ2倍ほどの距離に広がっています*1

欧州・米国共同の太陽・太陽圏観測機SOHO (Solar and Heliospheric Observatory) が行った長期観測の新規解析によると、地球を包むガス層は63万キロメートル 、すなわち地球直径の約50倍の距離にまで広がっているようだと欧州宇宙機構が発表しました*2*3

「基本的に月は地球の大気の中を動いています*4*5。探査機SOHOによる20年前*6の観測から『ホコリを払う』まで、私たちはそれに気がついていなかったのです*7*8」とロシアの Space Research Institute 所属の研究リーダー*9 Igor Baliukin は述べています*10

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©ESA
SOHOによるジオコロナ観測の模式図です。SOHOはラグランジュ点近くに配置されているようです。

外気圏では地球の大気が宇宙と接し、ジオコロナと呼ばれる水素原子の雲が存在しています。SOHOのSWANという観測機器は水素の「署名」痕跡*11を検出し、非常に希薄ではあるものの、大気が月の更に向こうまで広がっていることを明らかにしました。

月面での最初の望遠鏡は1972年の「アポロ16号」ミッションの宇宙飛行士によって設置され、地球を包み紫外線で輝くジオコロナの写真を撮りました*12。しかしながら、月が実際はジオコロナの中にあると理解されてこなかったのです。

水素原子は太陽光のうち、特定波長の紫外線(ライマンα線)を吸収・放出します*13。こういった光は地球の大気によって吸収されてしまうため、宇宙からしか見えないのです。

SOHOはジオコロナからのライマンα線を「捕まえる」ことができます。その計測によると、地球から六万キロメートルの距離では1立方メートルあたり水素原子70個、月までの距離では0.2個/m3という密度であることが明らかになりました。

科学者らによるとその粒子が将来月に配置される人員の脅威にはならないとのことです。しかしながら地球のジオコロナ、即ち希薄な水素の霧が、月表面や月近くでのサテライト望遠鏡による天体観測に影響を及ぼすかもしれません。

 

補足

原論文の要約だけ読めたので内容の補足を少しだけ。

「地球の大気が月の向こう側まで広がっている」と言っても、星間空間は別に完全な真空ではないので、どこまでもうっすら広がっているわけです。「63万キロメートル」まで広がっているというのは、ある程度の密度がその辺まで保たれているということのようでした。原子はある波長の光を吸収できますが、水素原子が吸収する波長を見てその吸収強度が5レイリー*14以上になるのが63万kmということでした。

翻訳チャレンジ一本目はこちら→14億光年の壁

終わりに

大気「広がってる範囲がおかしいって……狭すぎって意味だよな?」


 


 


 

 

*1:ちなみに「月」という単語はφεγγάριだったりΣελήνηだったりしますし、地球はΓηだったりπλανήτης μαςだったりします。最初に出てきた「地球」はπλανήτης μαςですが、「私達の惑星の大気の外部は」だとかなりくどいので簡単に「地球」としました。原文だと属格が三個も並んでるわけですが、Το εξωτερικό μέρος της ατμόσφαιρας του πλανήτη μαςと、少なくとも「の」が並んでるわけではないのでくどくないということなのかもしれません。というかもしここで地球をΓηで表現しようとしたらτης ατμόσφαιρας της Γηςでτηςが被ってしまうのでわざわざτου πλανήτη μαςと書いたのかもしれませんね。単語の被りを回避するために性の異なる名詞を使うという技術なのだとしたら興味深いです(๑╹ω╹๑)

*2:「地球を包む」 はτυλίγει τη Γηでしたが、「地球直径」はη διάμετρος του πλανήτη μαςでした。後者がΓηςでないのは、一文の中で同じ単語を使うのを回避しようとしたのかもしれません。

*3:ちなみにここでも「の」の連続を回避するため「SOHO (...) が行った長期観測の新規解析」と訳しましたが、原文では "μια νέα ανάλυση παλαιότερων παρατηρήσεων του εωρω-αμερικανικού ηλιακού παρατηρητηρίου SOHO" と属格地獄です🤪

*4:「動く」が中受動態で一瞬頭がおかしくなりそうだったんですが、自分自身に関わる動作なので再帰用法ということでしょうか(福田千津子著「現代ギリシア語文法ハンドブック」126p参照)。再帰用法を思い出すまで宇宙猫みたいな顔してたんですが、古典語にも中動相による再帰がありますし(田中・松平「ギリシア語入門」53p参照)、どの時代にも見られる使い方ということなんでしょうか……。

*5:「地球の大気の」はτης ατμόσφαιρας της Γηςで定冠詞が被っていますが、直前の文の末尾でτου πλανήτη μαςを使ってしまっているので逃げられなかったんでしょうね。

*6:原論文の要約だけ見られましたが、1996~1998に観測されたものらしいです。

*7:εωσότουって単語が出てきてどの辞書にも載ってなかったんですが、謎のサイトがuntil whenだと言ってました。el.wiktionaryによるとωσότουがコイネーでは ἕως ὅτουだったらしいですが、外国人のインタビューでの発言を突然15世紀の綴りで書いている……???

*8:「探査機」は原文で "διαστημοσυσκευή" という単語で、辞書での訳は見つけられませんでしたが Science Wiki に "space probe" とありました。それに見た感じ διαστημα「宇宙」+ συσκευή「装置」っぽそうなので、文脈と合わせて探査機かなと思いました。上記 Science Wiki にはΔιαστημική Συσκευήという表現も載ってました。

*9:原文はο επικεφαλής ερευνητής ですが、「研究リーダー」という訳が適切かはよくわかりませんね……。「論文の筆頭著者」という書き方ならより正確だと思いますが……。ちなみに ResearchGate を見ると職位はJunior researcherの博士学生のようでした。

*10:原文ではδήλωσεでアオリスト過去ですが、「言いました」や「述べました」だと日本語に違和感があったので「述べています」にしておきました

*11:署名」は原文で «υπογραφή» となっておりそのまま訳しましたが、比喩としてはかなりわかりにくい気がします。水素があると光強度分布の中で特定波長の光だけがグッと減るわけですが、分布のグラフ上で爪跡を残すことを「署名」と喩えたのでしょう。英語でsignatureと言われるようです。原文では «υπογραφή» となっているので直訳すると「署名」ですが、より適切っぽそうな訳として「痕跡」(アルクより)に書き換えました(2021/03/12追記)。

*12:「撮りましたた」は原文で " είχε τραβήξει" でしたが、辞書での説明が見つかりませんでした……。ググるτραβάω screenshotなんて表現も出てくるので合ってそうですが、どなたか辞書での記述を見つけたら教えてくださいm(_ _)m

*13:この文はかなり意訳しました。原文は "Ο Ήλιος αλληλεπιδρά με τα άτομα υδρογόνου μέσω ενός συγκεκριμένου μήκους κύματος του υπεριώδους φωτός (γνωστού ως Lyman-alpha), το οποίο τα εν λόγω άτομα μπορούν τόσο να απορροφήσουν όσο και να εκπέμψουν." で、直訳すると「太陽光は特定波長の紫外線(ライマンα線として知られています)を通して水素原子と相互作用しており、前述の原子(=水素原子)は(特定波長の紫外線を)吸収も放出もできます」という感じですね。ちなみに文頭の "Ο Ήλιος αλληλεπιδρά με τα άτομα ..." を見て「太陽が原子と相互作用……???」と再び宇宙猫になりましたが、WordReferenceによると太陽光の意味があるようでした。

*14:レイリーというのは光強度の単位で、天の川が1000レイリーほどだそうです (Wikipedia)。